絵画作品
登龍門
物語り
鯉は瀧を見上げ、闘志に燃えていました。
これからこの瀧を登るのだと固く拳を握りしめ、「誰にも負けない」と自分に言い聞かせていました。
それから三年。
鯉はまだ、あの瀧の中を泳いでいます。
瀧は今も変わらず長く険しい。
けれど、鯉の心は以前とは違っています。
固く握りしめていた拳はほどかれ、片方の手は、物事を深く思索する姿を表す「思惟手」のかたちをとっています。
その視線は外ではなく、自分自身の内側へと向けられています。
激しい瀧の流れも、共に登るほかの鯉の姿も、もう意識にはありません。
静けさの中で自分自身に問いかけながら、鯉は瀧を登り続けています。
なぜ、私は瀧を登るのだろう。
登り切って龍になることができた時、本当に満足するのだろうか、と。
負けたくなかった。
認めてもらいたかった。
自分の話を聞いてもらいたかった。
そのために登り始めたはずでした。
けれど、いつしか鯉は気づきます。
龍になるために登り始めた瀧なのに、
本当に求めていたのは、龍になることではなく、この瀧を登っている今、この時間そのものだったのだと。
ずっと泳いでいたい。
そう思えることこそ、自分が求めていた幸福なのだと。
そして、そのことに気づけた私は、幸せなのだと思います。
背景には、日本で「青海波」と呼ばれる、波がどこまでも連なっていく文様を描きました。
海の波を思わせるこの文様には、穏やかな暮らしと未来へと続いていく幸福への願いが込められてきました。
終わることなく続いていく波は、この作品では鯉が泳ぎ続ける時間そのものにも重なっています。
身体に刻んだのは「鱗文様」です。
三角形が連続するこの文様は蛇などの鱗を思わせ、脱皮する生き物の姿から、厄を落とし、新しく生まれ変わる「再生」の意味を持つ文様として受け継がれてきました。
瀧を登りながら変わっていったのは、鯉の姿ではなく、その心でした。
目的地はまだ遠くにあります。
それでも、どこかへ到達することだけが幸福なのではなく、迷い、考え、変化しながら進んでいるこの時間そのものが、生きるということなのかもしれません。
これからこの瀧を登るのだと固く拳を握りしめ、「誰にも負けない」と自分に言い聞かせていました。
それから三年。
鯉はまだ、あの瀧の中を泳いでいます。
瀧は今も変わらず長く険しい。
けれど、鯉の心は以前とは違っています。
固く握りしめていた拳はほどかれ、片方の手は、物事を深く思索する姿を表す「思惟手」のかたちをとっています。
その視線は外ではなく、自分自身の内側へと向けられています。
激しい瀧の流れも、共に登るほかの鯉の姿も、もう意識にはありません。
静けさの中で自分自身に問いかけながら、鯉は瀧を登り続けています。
なぜ、私は瀧を登るのだろう。
登り切って龍になることができた時、本当に満足するのだろうか、と。
負けたくなかった。
認めてもらいたかった。
自分の話を聞いてもらいたかった。
そのために登り始めたはずでした。
けれど、いつしか鯉は気づきます。
龍になるために登り始めた瀧なのに、
本当に求めていたのは、龍になることではなく、この瀧を登っている今、この時間そのものだったのだと。
ずっと泳いでいたい。
そう思えることこそ、自分が求めていた幸福なのだと。
そして、そのことに気づけた私は、幸せなのだと思います。
背景には、日本で「青海波」と呼ばれる、波がどこまでも連なっていく文様を描きました。
海の波を思わせるこの文様には、穏やかな暮らしと未来へと続いていく幸福への願いが込められてきました。
終わることなく続いていく波は、この作品では鯉が泳ぎ続ける時間そのものにも重なっています。
身体に刻んだのは「鱗文様」です。
三角形が連続するこの文様は蛇などの鱗を思わせ、脱皮する生き物の姿から、厄を落とし、新しく生まれ変わる「再生」の意味を持つ文様として受け継がれてきました。
瀧を登りながら変わっていったのは、鯉の姿ではなく、その心でした。
目的地はまだ遠くにあります。
それでも、どこかへ到達することだけが幸福なのではなく、迷い、考え、変化しながら進んでいるこの時間そのものが、生きるということなのかもしれません。
作品概要
登龍門
素 材:パネル・土・アクリルエマルジョン・日本画煉絵具・金箔・玉虫箔・アルミニウム箔
サイズ:P30
制作年:2020年
日本の美術2020 グランプリ受賞作品






