絵画作品
ベビー阿修羅ちゃん
物語り
仏教の世界では、天界に住む神々もまた、私たち人間や動物と同じように、輪廻の中にある存在として捉えられています。
神々も生まれ、その生を生き、やがて終わりを迎える。
そう考えた時、それまで遠い存在だった神々が、私には急に身近に感じられるようになりました。
それならば、神様にもまだ何も知らない、無邪気な赤ちゃんの頃があったのではないだろうか。
人々から祈りを捧げられる存在になる前。
それぞれの役割や運命を背負う前。
まだ自分が何者になるのかさえ知らなかった頃。
そんな神々の幼少期を想像したことから、「Baby Series」は始まりました。
その第一作として描いたのが『阿修羅ちゃん』です。
阿修羅は、仏教美術では三つの顔と六本の腕を持つ姿で知られています。もともとインド神話に起源を持ち、戦いや争いと結びついた存在でありながら、仏教に取り入れられる中で仏法を守護する存在としても描かれるようになりました。
けれど、私が描きたかったのは、そんな阿修羅になるよりもずっと前の姿です。
六本の小さな腕を持て余しながら、好きなものを全部抱えて得意げになっている赤ちゃん。
本来なら武器を持つその手には、お気に入りのおもちゃを持たせました。
そして、いくつかの手には蓮華の蕾を持たせています。
泥の中から美しい花を咲かせる蓮は、仏教において清らかさや悟りを象徴する花です。まだ開いていない蕾には、これから成長し、いつか花開いていく存在への思いを重ねました。
阿修羅ちゃんは、自分が将来どんな存在になるのか知りません。
争うことも、苦しむことも、守ることも、まだ知らない。
ただ、六本もある自分の腕がちょっと自慢で、大好きなおもちゃや蓮の花をいっぱい持って、
「ほら、こんなに持てるんだよ」
とでも言いたそうな、少し生意気で得意げな顔をしています。
後にどれほど大きな意味や役割を背負う存在にも、何も知らず、ただ無邪気だった瞬間があったかもしれない。
そんな想像から生まれた、小さな阿修羅です。
神々も生まれ、その生を生き、やがて終わりを迎える。
そう考えた時、それまで遠い存在だった神々が、私には急に身近に感じられるようになりました。
それならば、神様にもまだ何も知らない、無邪気な赤ちゃんの頃があったのではないだろうか。
人々から祈りを捧げられる存在になる前。
それぞれの役割や運命を背負う前。
まだ自分が何者になるのかさえ知らなかった頃。
そんな神々の幼少期を想像したことから、「Baby Series」は始まりました。
その第一作として描いたのが『阿修羅ちゃん』です。
阿修羅は、仏教美術では三つの顔と六本の腕を持つ姿で知られています。もともとインド神話に起源を持ち、戦いや争いと結びついた存在でありながら、仏教に取り入れられる中で仏法を守護する存在としても描かれるようになりました。
けれど、私が描きたかったのは、そんな阿修羅になるよりもずっと前の姿です。
六本の小さな腕を持て余しながら、好きなものを全部抱えて得意げになっている赤ちゃん。
本来なら武器を持つその手には、お気に入りのおもちゃを持たせました。
そして、いくつかの手には蓮華の蕾を持たせています。
泥の中から美しい花を咲かせる蓮は、仏教において清らかさや悟りを象徴する花です。まだ開いていない蕾には、これから成長し、いつか花開いていく存在への思いを重ねました。
阿修羅ちゃんは、自分が将来どんな存在になるのか知りません。
争うことも、苦しむことも、守ることも、まだ知らない。
ただ、六本もある自分の腕がちょっと自慢で、大好きなおもちゃや蓮の花をいっぱい持って、
「ほら、こんなに持てるんだよ」
とでも言いたそうな、少し生意気で得意げな顔をしています。
後にどれほど大きな意味や役割を背負う存在にも、何も知らず、ただ無邪気だった瞬間があったかもしれない。
そんな想像から生まれた、小さな阿修羅です。
作品概要
ベビー阿修羅ちゃん
制作年:2023年
素材:パネル・土・麻布・日本画煉絵具・アクリルエマルジョン・純金箔・赤箔・玉虫箔・銀箔
サイズ:P15













