絵画作品
ニルバーナ
物語り
本作《ニルバーナ》は、私が長年追い求めてきた「すべての存在が相互に作用し、生起し続ける世界(縁起)」を、土彩画という独自技法と多様な象徴によってかたちにした作品です。
雲、水、山、花文様、聖獣、霊獣、神仏のアイコンなど多くの要素が画面に同時に息づき、時間や宗教、文化の境界を超えた大きな宇宙観が立ち上がっています。
左下に広がる七宝紋は、これまで吉祥文として親しんできた意匠ですが、本作によってその円環構造が仏教の「インドラの網」と響き合うことに気づかされました。
無限に連なる円と円が互いを映し合い、一つが欠けても世界が成立しないという構造は、まさに縁起そのものであり、この作品の思想的な柱となっています。
また、画面に描き込んだ和更紗の花文様は、インドからシルクロードを経て世界に広がり、各地の文化を吸収しながら進化してきた更紗の歴史を背景に持ちます。その柔らかな伝播のあり方は、他宗教を包み込みながら広がってきた仏教の歴史とも重なり合います。
水は私にとって最も重要な表現要素の一つです。
本作でも、水は雲となり、雨となり、滝となり、波へと姿を変えながら循環し、世界に隔てなく恵みを与えています。
その在り方は、留まらず、執着せず、見返りを求めることなく慈悲を施す「菩薩的存在」として描いています。
また、画面の各所にさりげなく描かれた小さな魚たちは、天と地、陸と水、自己と他者など、私たちが都合よく引いている境界を軽々と超えて進む象徴として、自由さと気づきを運ぶ存在です。
さらに、調和の取れた世界に現れる鳳凰と、仁徳ある世界を象徴する麒麟を配し、画面全体を守護する存在として配置しました。
この世界は、ある瞬間には私の前に鮮明に立ち上がり、苦悩を抱える時には姿を消し、また落ち着きを取り戻すとふたたび現れます。
人間的な私の意識は完全に消し去ることはできませんが、この美しい世界が煩悩で曇らないようにと願いながら描きました。
また本作では、仏教の象徴である白象と、神道のアイコンであるお稲荷さんを同じ画面内に描き入れています。
日本人は神仏習合の長い歴史の中で、アニミズム的な宗教観を育て、神、仏、精霊、妖怪など、多様な存在が横並びで共存する精神性を自然に受け入れてきました。
私は、この「全ての命が等しく尊い」という考え方を心から愛しており、日本思想の美しさを象徴する重要な要素として描いています。
純金箔、水金箔、銀箔、アルミニウム箔、玉虫箔など多種多様な箔と、土彩画という独自技法を組み合わせることで、画面は光を内包し、内側から滲むような輝きを放ちます。
これは、ニルバーナという大きな世界観を描くために長年追い求めてきた表現であり、本作に不可欠な技法となりました。
ニルバーナは本来「何もない静寂」の世界です。
色や形でそれを表現しようとすると、本質から遠ざかるような感覚があり、これまで何度も挑戦しようとしては諦めてきました。
しかし、紆余涅槃の状態で世界を見ていたお釈迦さまの視点を想像し続けるうちに、境界線がとろけて曖昧になった世界がふと目の前に現れ、その美しさに涙が止まらなかった瞬間があります。
私は、その世界をどうしても形にしたいと思いました。
もちろん、形にした瞬間に本質から離れてしまうという矛盾があります。
それでも、お釈迦さまが「本来は言葉で伝えられない真理」をあえて言葉にして人々に説いたように、私もまた矛盾を抱えながら、自分の見た世界を表すために筆を取りました。
お釈迦さまがご覧になったら笑われてしまうかもしれません。
それでも私は、この作品を通して、ほんの少しでもあの美しい境界なき世界に近づきたいと願っています。
そして、これからもより深く、より美しいニルバーナを描き続けられるよう精進していきたいと思います。
雲、水、山、花文様、聖獣、霊獣、神仏のアイコンなど多くの要素が画面に同時に息づき、時間や宗教、文化の境界を超えた大きな宇宙観が立ち上がっています。
左下に広がる七宝紋は、これまで吉祥文として親しんできた意匠ですが、本作によってその円環構造が仏教の「インドラの網」と響き合うことに気づかされました。
無限に連なる円と円が互いを映し合い、一つが欠けても世界が成立しないという構造は、まさに縁起そのものであり、この作品の思想的な柱となっています。
また、画面に描き込んだ和更紗の花文様は、インドからシルクロードを経て世界に広がり、各地の文化を吸収しながら進化してきた更紗の歴史を背景に持ちます。その柔らかな伝播のあり方は、他宗教を包み込みながら広がってきた仏教の歴史とも重なり合います。
水は私にとって最も重要な表現要素の一つです。
本作でも、水は雲となり、雨となり、滝となり、波へと姿を変えながら循環し、世界に隔てなく恵みを与えています。
その在り方は、留まらず、執着せず、見返りを求めることなく慈悲を施す「菩薩的存在」として描いています。
また、画面の各所にさりげなく描かれた小さな魚たちは、天と地、陸と水、自己と他者など、私たちが都合よく引いている境界を軽々と超えて進む象徴として、自由さと気づきを運ぶ存在です。
さらに、調和の取れた世界に現れる鳳凰と、仁徳ある世界を象徴する麒麟を配し、画面全体を守護する存在として配置しました。
この世界は、ある瞬間には私の前に鮮明に立ち上がり、苦悩を抱える時には姿を消し、また落ち着きを取り戻すとふたたび現れます。
人間的な私の意識は完全に消し去ることはできませんが、この美しい世界が煩悩で曇らないようにと願いながら描きました。
また本作では、仏教の象徴である白象と、神道のアイコンであるお稲荷さんを同じ画面内に描き入れています。
日本人は神仏習合の長い歴史の中で、アニミズム的な宗教観を育て、神、仏、精霊、妖怪など、多様な存在が横並びで共存する精神性を自然に受け入れてきました。
私は、この「全ての命が等しく尊い」という考え方を心から愛しており、日本思想の美しさを象徴する重要な要素として描いています。
純金箔、水金箔、銀箔、アルミニウム箔、玉虫箔など多種多様な箔と、土彩画という独自技法を組み合わせることで、画面は光を内包し、内側から滲むような輝きを放ちます。
これは、ニルバーナという大きな世界観を描くために長年追い求めてきた表現であり、本作に不可欠な技法となりました。
ニルバーナは本来「何もない静寂」の世界です。
色や形でそれを表現しようとすると、本質から遠ざかるような感覚があり、これまで何度も挑戦しようとしては諦めてきました。
しかし、紆余涅槃の状態で世界を見ていたお釈迦さまの視点を想像し続けるうちに、境界線がとろけて曖昧になった世界がふと目の前に現れ、その美しさに涙が止まらなかった瞬間があります。
私は、その世界をどうしても形にしたいと思いました。
もちろん、形にした瞬間に本質から離れてしまうという矛盾があります。
それでも、お釈迦さまが「本来は言葉で伝えられない真理」をあえて言葉にして人々に説いたように、私もまた矛盾を抱えながら、自分の見た世界を表すために筆を取りました。
お釈迦さまがご覧になったら笑われてしまうかもしれません。
それでも私は、この作品を通して、ほんの少しでもあの美しい境界なき世界に近づきたいと願っています。
そして、これからもより深く、より美しいニルバーナを描き続けられるよう精進していきたいと思います。
作品概要
ニルバーナ
素材:パネル・土・麻布・日本画煉絵具・アクリルエマルジョン・岩絵の具・金箔・水金箔・洋金箔・アルミニウム箔
サイズ:f50×2枚 連結
制作年:2025
個人所蔵











