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自灯明 〜Alice〜

物語り

『それゆえに、この世で自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ。』

この言葉は、よく自灯明・法灯明という言葉に置きかえられます。  

ここだけ読むと、自分の事を信じて自分で考えて直感に従って生きなさい、と解釈する事ができそうですが、釈尊が伝えたかったのはそういう事ではなさそうです。

この後に、下記の言葉が続きます。

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では、アーナンダよ、どのように比丘は自己を島とし、自己を依り所とし、他を依り所とせずに、法を依り所とし、他を依り所とせずに、住むのか。

ここに比丘は、身体について、身体を観つづけ、熱心に、正知をそなえ、念をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて、住みます。

もろもろの感受について、感受を観つづけ、熱心に、正知をそなえ、念をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて、住みます。

心について、心を観つづけ、熱心に、正知をそなえ、念をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて、住みます。

もろもろの法について、法を観つづけ、熱心に、正知をそなえ、世界における貪欲と憂いを除いて、住みます。

このように、アーナンダよ、比丘は自己を島とし、自己を依り所とし、他を依り所とせずに、法を島とし、法を依り所とし、他を依り所とせずに、住むのです。

アーナンダよ。今でも、また私の死後にでも、誰でも自らを島とし、自らをたよりとし、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとし、他のものをよりどころとしないでいる人々がいるならば、かれらはわが修行僧として最高の境地にいるであろう。

                   長部経典16「大般涅槃経(Mahāparinibbānasuttaṃ)」第2章
                                (片山一良訳、後半は中村元訳)

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釈尊は、きっと自灯明のために自身の身体や心、感情や教えを注意深く観察してよく知り、自身を整える訓練をし続けなさい、という自己の修練を促しているのだと私は考えました。


想い通りにならなかったり、良い結果が得られないと不甲斐ない自分を責めたり自信喪失していまったりします。

そんな時でも、自身を整え直して、なぜ想い通りにならなかったのか、という原因を探して前進すれば、必ず次の課題に立ち向かう事ができます。


また、原因を色々と言い訳したり、他に原因を転換して文句を言いたくなることもあります。

そんな時でも、原因は自身にあると考えて謙虚に反省して自身を整え直すことで、むやみに苛立ったりひがんだりする事も無く、自身の課題として立ち向かう事ができます。


それを繰り返し修練する事で、人は身体や心を自ら整えて常に最善を尽くすことができます。


自分に取ってよかれと思ってした事が裏目に出て、自信を失い疑心暗鬼になっていた頃、この言葉を知って自分の傲慢さに恥ずかしい気持ちになった事があります。

—―――どんなに理不尽だと思う事でも、受け入れ難い屈辱を味わされたとしても、必ず自分に原因がある。
そう受け止める事ができたら、儲けものだと思うようにしています。

全て自分が原因だと一旦飲み込めば、その原因を取り除いて改善する事ができます。

心をざわざわさせられるものを自分で把握して、それに対して対処できれば意味も無くイライラしたり不安になる事も無いのです。


この事を知ったことで、自分の主は心ではなく、私が選択する思考そのものなのだと言う事に気がつきました。

作品概要

自灯明 〜Alice〜

素 材:キャンパス・土・アクリルエマルジョン・虹彩・金箔
サイズ:SM

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