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絵画作品

五つの蓋い

物語り

『五つの蓋いを捨て、
  悩みなく、疑惑を越え、苦悩の矢を抜き去られた修行者は、
                 この世とかの世とをともに捨て去る。
                     ──蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。』

これはスッタニパータの最初に書かれた「蛇の章」の最後に記されている最後の偈です。

五つの蓋いは「五蓋(ごがい)」と言われていて、こころを覆う蓋(煩悩)としてを表現されています。

五蓋とは、
①貪欲(とんよく) 貪ること
②瞋恚(しんに) 怒りのこと
③惛沈(こんじん)・睡眠(すいみん) 心が落ち込むこと、眠気のこと
④掉挙(じょうこ)・悪作(おさ) 心が浮つくこと、後悔すること
⑤疑惑(ぎわく) (真理を)疑うこと

これら五蓋を捨てて、悩みが無くて、教えを疑うこと無く、煩悩の苦しみのない修行者は、蛇が脱皮するように、この世もあの世も共に捨て去る。
という意味になります。

この偈を読んだ時に、自分で仕掛けた罠に自分でかかって、同じところでじたばたしている自分の姿を想像して苦笑いしてしまいました。

何度も同じことを思い出しては気分を悪くしたり、落ち込んだりしてわざわざ繰り返し思い出して悲しんだり苦しんだりしてしまう。
さらには一つの出来事が気にかかっただけなのに、さかのぼって違う不安材料などを持ち出して問題をさらに複雑にして、自分で追い打ちをかけてしまうこともしばしば。

たとえ原因を取り除いたり、誰かに謝ってもらったり、欲しい物を手に入れたとしても、何度も繰り返しその時の気持を反芻して満たされない気持になってしまうことは無いでしょうか。

苦悩の矢は自分で取り去る努力をしなくては、どれだけ手に入れても満足できないし、どれだけ謝られても許せないし、やり直したくてもやり直せないと分かっていても、やっぱり同じところで躓いてしまいます。



なぜ人は分かっているのにできないのだろう・・・と考えた時に、


「実は、私は(人は)そうすることで何か得をしているのではないか?」


と考えました。

人を責めることで自分を正当化することができたり、自分の優位を何度も確認しているのではないだろうか。
自分ができない理由を、環境や身体の不調に言い訳することで、自分自身の現実から目をそらしているのではないだろうか。
本当に欲しい物が手に入らないから、その代わりを別の物で埋め合わせようとしているのではないだろうか。

自分可愛さのあまり、苦しみと引き換えにこの五蓋を手放して目の前の現実と対峙することを本能的に避けているのかもしれないな、、、と思ったのです。


この作品では、女性は両手一杯の花を抱えています。

それらの花の花言葉は・・・

ルピナス/貪欲、 芍薬(紫)/怒り、 枯葉/憂鬱、 紫陽花/移り気、 杏/疑い

五蓋の意味を花言葉に持つ花々を、不安な表情を浮かべながらも両手一杯に抱えて着飾る姿は私の心に住む私です。

作品概要

五つの蓋い

素 材:パネル・土・アクリルエマルジョン・日本画煉絵具・岩絵の具・赤箔・アルミニウム箔
サイズ:P20

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